100年前の第1波
1918年に大流行したインフルエンザは「スペインかぜ」の名でよく知られている。しかし、最初に感染爆発が報告されたのは、スペインではなく米国だった。 第一次世界大戦末期の1918年3月、米カンザス州フォートライリーの陸軍訓練基地で、ある兵士がインフルエンザのような症状を訴えて診療所を訪れた。ナショナル ジオグラフィック・ヒストリー・マガジンによると、それからわずか数時間で100人以上が同じような症状を訴えたという。 第一次世界大戦で多くの米国兵がヨーロッパの戦線へ派遣され、感染は瞬く間に全世界へと広がった。しかも、当時は報道規制がかけられ、欧米メディアは感染拡大について報道することを禁じられていた。ところが、中立国だったスペインではこうした報道規制がなかったので、新聞が盛んに感染拡大を報じたことから「スペインかぜ」と呼ばれるようになった。 実は、最初の感染の波はそれほど深刻ではなかった。たいてい感染しても数日で回復し、医者の中には「インフルエンザなのか」を疑う声もあった。スペインのある通信社は、「エピデミックの特性を持つ奇妙な疾患がマドリードで発生。多くの場合症状は軽く、死亡例は報告されていない」と、ロンドンに書き送った記録も残る。 ところが事態は一変する。1918年9月、第1波よりもはるかに強力な第2波が襲ったからだ。このときは米マサチューセッツ州ボストン郊外にある陸軍訓練基地が発端になった。10月だけで、米国での死者数は、第一次世界大戦全体で死亡した米兵の数よりも多い19万5000人に達した。 歴史家のピート・デイビース氏は著書『The Devil’s Flu』(悪魔のインフルエンザ)の中で、基地内の様子を次のように書いている。「肺の機能が停止し、酸素不足に陥った兵士たちの顔が、青、紫、そしてどす黒く変色していった。遺体安置室へと続く廊下には、遺体が丸太のように積み上げられていた」
米国のコロナ死者数 100年前の「スペインかぜ」を上回る(ナショナル ジオグラフィック日本版) - Yahoo!ニュース - Yahoo!ニュース
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